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我、日本の柱とならん

1月31日から毎日本門寺にお参り。今年は日蓮生誕790年。

大田区の中心(風水で云う大極)にある池上本門寺は文化的、歴史的にも大田区の中心的な存在だ。

というよりも大田区という名前よりはるか以前に、池上の地は時の池上宗仲によって1282年日蓮上人入滅の年に69,384坪(法華経の字数)を寺院として寄進した、とあるから800年近い歴史がある。

大森と蒲田をあわせて大田区と言う名前がついたのが1947年だから、これはこれで60年以上の歴史はあるが、武蔵野国・池上の名とは格が違う。池上氏はその後、今の川崎の地で、江戸時代に埋め立て事業によって土地を開拓、これを公共の田畑として提供したゆえに、人々は「義田」と呼びながら池上氏の功績を讃えた、とある。
現在川崎の「池上新田」の名前の由来はそこから来ると言う。

こうしたことを見てみれば、ここ大田区・池上と多摩川を挟んで対岸の川崎の地も歴史的な関係を感じさせる。

丸子橋あたりの両岸に「上丸子」(川崎側)、「下丸子」(大田区側)をみても多摩川をまたがって当時は一体となっていたのだろうと思う。

話がそれた。池上氏一門の徳は大田区にも、川崎側にも及んで、私たちの未来にも流れていくことを願う。

その本門寺の日蓮上人像の前に「我、日本の柱とならん」(開目抄)ではじまる三大請願が刻まれている。

ようやく本題にはいりました。この三大請願の志をいまこそ内外ともに国難と言われるこの時代に、かつて日本の国のあり方に内外ともの警鐘をならした日蓮上人の遺産として、引き継いでいきたいものだと思う。

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大田区在住23年になる統一教会・大田教会の一信徒の雑感。羽田も国際化してますます大田は我が第二の故郷として世界に誇る街になってきました!

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