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信仰の原点

6月1日になりました。

月初めの敬礼を終えて、月初め、さて、今月はどんな一ヶ月になるのだろうと思い、ふと自分を振り返ってみた。

信仰とは「望んでいる事柄を確信し、まだ見ぬ事実を確認すること」とはパウロの言葉。

昨日、偶然にも1988年のノートが出てきた。この年の10月30日、統一教会では韓国で6500双の交差祝福がなされた日であると、あとで知ったが、ともかくこの日が自分が原理に触れた記念すべき日。いや原理に触れたというより神様と出会った、と表現したほうがはるかに実感するのであるが。

そこで原理を学び始めて、ノートを見返してみると、11月23日、文先生のお名前を初めて知った、とある。
統一教会について何も知らなかった私は、翌年から信仰生活を始めたことになるが、毎月毎月、新鮮の連続だった。いや、過去形にしてはいけない、いまも形は違えど新鮮ではあるが(いいわけ・・・)。

21年と半年。振り返るに信仰生活は一見地味で、神様を知らない立場からみれば、なにを好き好んで、というような生活にみえるかもしれないが、21年間をあらためて振り返ってみれば、こんなにエキサイティングな人生はなかった、と21年という期間全体を振り返ってみた自分の実感である。

今も、毎日毎日、なにが起こるかわからない、悪く見ればこんなに不安定な、目先だけみれば行く先も見えない自分であるが、よく見れば、瞬間瞬間が神様によって導かれた証をたてることのできる、貴重な人生を生きている自分と捉えることもできる。

「素晴らしき哉、人生!」ですね。
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Author:kanstudies
大田区在住23年になる統一教会・大田教会の一信徒の雑感。羽田も国際化してますます大田は我が第二の故郷として世界に誇る街になってきました!

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