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祈祷会

今日は祈祷会。

3月17日、孝進様 聖和4周年を控えて、孝進様の映像と音楽、そしてみ言だった。

涙がでた。
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これは現代です

タイトルは「This is Modern」の直訳。

ユニバーサルバレエ 2012年日本公演。昨日2月28日、いってまいりました。
2日間連続講演で、パルテノン多摩にて。

http://www.universalballet.jp/www/information/index.html

久しぶりバレエ鑑賞。この2年間は来日公演の機会を逃していたのでタイトルにかまわず胸の躍る行きの電車の中でした。

多摩センター駅を降り、まっすぐ歩けばすぐに会場。
「ぱるてのん」、という響きだけで、古代ローマ(ギリシャ?)の響きがなにかしら文化の香り漂うではありませんか。

なだらかな傾斜がずっと舞台まで続くホールはなにかしらゆったりとした雰囲気。

モダンバレエ、というユニバーサルバレエでは珍しい、というか新しいジャンルでの公演なのでクラシックバレエを好む方や、一般的な観点からは敬遠されがちかもしれませんが、会場はぎっしり埋まっていました。

特に最後の観客参加型のバレエというよりダンスは、とても楽しませてもらいました。
前半のモーツアルトの曲での場面は、ピアノ演奏単独一曲演奏もあり、それだけでもかなりグレードの高い演奏だったと思い、このバレエ団の質の高さがわかる。

「エンターティメント」という、観客を楽しませる意外性、面白さ、芸術性も兼ねたユニークなプログラムでした。


手をつなごう

朝=朝日、新鮮、前向き、アイデア、善、向上・・・

毎朝の自転車通勤時間。といってもほんの10分程度だが、一番朝の気をうけるのだろう。

同じことを考えていても、自然と前向きな考えになる。

自転車をこぎながら出てきたのは聖歌二部8番「手をつなごう」

「ひかりをもとめ よりつどう / せかいのともよ てをつなごう」

ここで出てきたイメージは私たち(人類)が世界中から一つところに集まり、一つの輪になって「ひかり」(=天地人父母様)をもとめ、仰ぎみながら幸せな表情で一つになっている光景、といった雰囲気、言葉にすると足りないが、そんなイメージをかいまみた。

全く同じテーマに昨晩も、今朝も取り組み、考えているのだが、朝のほうがずっと前向きになれる。

この聖歌がうかんできたのも、まさに天からの恩寵だった。

アンチエイジングを自ら実践して人生100年計画を立てている医師(南雲吉則~「50歳を越えても30代に見える生き方」(タイトルが即物的すぎるような気もするが・・・)・講談社+α新書)によると、人間は朝、朝日を浴びるときに幸せホルモンであるセロトニンが一番分泌されるようになっているのだそうな。

ヒトの体に既に神様が仕組まれた「幸せ」になる仕組み。

早寝早起きに幸福の秘密が隠されている。ヒトは「ひかりをもとめ」るように作られているのだ。

The Load is One

今週の礼拝の聖歌。

昨年は「君は愛されるために生まれた」一本だったけど、これもとてもよかったけど、久しぶりに、しかも我が信仰生活でほとんどうたったことのなかった歌を礼拝で賛美するのもかなり新鮮。

成約聖歌二部の16番。英語の歌だからほとんどうたったことがなかったけど、聖歌オーケストラのBGMではよく聴いていたので、みんな音はわかるけど、発音が・・・

それでも、リフレインの最後の「The brand new song.」(新しい歌)の響きが格調高く、その前の「To build the heav'nly Kingdom」(天の王国建設)という語句に続いていて、歌いながら「今」を生きていることに感謝の心情というか、意識が高く引き上げられる感じで、天と結ばれた心情圏が自分の中に感じる聖歌賛美時間だった。

ウェスタンのメンバーはこの聖歌をよく歌うそうで、霊的な雰囲気の中で歌い続けるのだそうな。

この一年向かう自分の心情をとても覚醒させてくれた聖歌でした。


全然関係ないけどこの「Brand new song」というフレーズ。
サザンの「ミス・ブランニュー・デイ」のを思い出し、さらには映画バック・トゥ・ザ・フューチャーの中で過去にもどった主人公が自分の母親の家庭で、入ったばかりのテレビの番組をみながら、「これ知ってる!」と叫ぶとみんなが「なんで見たことあるの?」と言うと、主人公が「再放送(rerun)」と答え、子供が「新番組だぜ!(brand new)」とつぶやいていた場面を思い出した。

言葉のイメージとは様々なところでつくられている。この「Brand new」という響き。

天国創建聖燭

日曜日の朝の訓読会後に感じたことを忘れないうちに。

天国創建聖燭を灯しながら訓読をして。

あっ という間に時間がすぎました。訓読の時間のとても貴重なひととき。

ある方(うちの牧会者様ですが)は、聖燭の炎が柱のように大きく燃え上がっている様を霊的に見られました。

私は、この聖燭がとても堂々と、誇らしくいるように見えるのです。

思えば、天国創建のためにメシヤが直接指定された蝋燭なのですから、堂々としていてあたりまえでしょう。
本来はずっと基元節までともし続けられるものなのですから、訓読会の間だけですが、霊的にみればずっと灯し続けられているがゆえに、炎は消されても、堂々としているのでしょう。

言葉では、擬人化したこんな表現しかできませんが。

天国創建に向かう私たちも、堂々と、行かなければなりませんね。傲慢な意味でなく。
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kanstudies

Author:kanstudies
大田区在住23年になる統一教会・大田教会の一信徒の雑感。羽田も国際化してますます大田は我が第二の故郷として世界に誇る街になってきました!

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